ここんとこ何かとあっちに行ったりこっちに行ったりの多い日々を送っている不肖・ふとどき。
春先、ホテル現場への決まったルートしか通っていない時にはあまり気にも留めなかったことだけど、いろんな道を通っていると・・・・・・幹線道路沿いに目立つ空き物件の数々。それも以前はコンビニだったところが実に多い。
大手コンビニチェーンも言うに及ばず。
これも時代の流れというべきなのか・・・。
現状、建築関係の仕事が半数以上のおいらにとって、テナント工事は大歓迎しなければいけないはずなのだが、実家の鮮魚店が数年前に店を畳むという苦い経験を持つ身としては、そうそう素直に喜べるはずも無く、非常にやるせない気持ちになってしまう訳でして・・・。
商売がうまく行ってうまく行って、もう今の店舗じゃ手狭なので仕方なくより広く立地の良いテナントに移って・・・・・・どの物件もそういう事情で抜け殻になったようにはとても見えない。かと言って、極端に立地が悪いようにも見えず、FC本部の方針か、オーナーが高齢になられたか、もしくは懐具合の問題か・・・。
同じ自営業を営む者として、とにかく“寂しい”という言葉に尽きるのだけど、こういう風景を為政者達は魂のどこかででも把握しているのかな?
してるはず・・・ないか。
明日は出張で4時くらいに起きるつもり。
テンション高く現場入りしたいけど、出張先でも同じような光景を見たら・・・・・・・・・。
落ち込んでても仕方ないので、とりあえず、目の前のことにだけ集中するとしましょうかね・・・。
「こんな大変な仕事、あんたは継がなくていいから」・・・物心ついたころからそう言い聞かされてきた魚屋の3代目候補者は、深く悩みもせずに、“将来の夢”から“魚屋”という選択肢を消去して育ちました。
過疎の山間地域での鮮魚の行商は、やがて普及する車とスーパーマーケットの波にもみ消されるだろう―――はからずもそんな両親の読み通り、うちの実家はなんとか3人の子供を育て上げた後、斜陽の一途を辿ってしまいました。
10代〜30代前半にかけて(ほぼ人生の全て)親不孝の塊のような生き方をして参りましたが、遅ればせながら少しずつ孝行が出来るようになってからというもの、改めてそう言わざるを得なかった両親の苦しみが身にしみます。
魚屋の長男として生まれたのに、意図的に“魚”を教え込まれずに育ったことは、自らのルーツがぶった切られているようで・・・・・・正直、自分の親不孝さが悔しいし、寂しい限りです。
こちらでも、同じような光景を目にすることが多いです。
地元商店街もシャッターの閉まったままの店舗も数件。
年々増えるシャッターの店。
毎日、美味しいご飯を食べてることに感謝してます。
この国は、どこに向かっているんでしょうね。
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