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1月3日。 

 突然の上部破水(高位破水)によって出産予定日の一週間前、1月2日に入院することとなった嫁さん。
 ちょろちょろとした羊水の流出量は想像していた“破水”というイメージとは程遠く、どうなることかと気をもんだものの・・・。
「確かに破水しています。でもいきなり出産ということではないので、感染症の予防のために抗生剤を飲みながら陣痛が来るのを待ちましょう。まずは今日、陣痛促進剤を飲んでみて様子を見ましょう。変化が無いかもしれませんが、とりあえず3回分処方します。今日中に強い陣痛が起らなくても、2・3日は余裕がありますので焦らずに続けてみましょう」
 当直の医師の言うがまま、その日はそのまま入院することとなった。

 長い一夜が明けて1月3日。
 結局、錠剤の効果は表れないまま、嫁さんのお姉ちゃんの誕生日を迎える。
「今日産まれたらいいけど、この調子じゃいつになるかわかんないね」
 慣れぬベッドで、眠ることも、眠り続けることもろくに出来ぬ夜を過ごし、精神的に煮詰まる嫁さんの口を不意についたその言葉。
 焦らせるわけにも、頑張れと言うわけにもいかぬ俺は、ただただ彼女がリラックス出来るような振舞いを模索する。

 まだお正月、三ヶ日。
 当直は別の先生に変わり、いきなりの方針転換。
 陣痛促進剤の点滴を打ちながら、経過を見ることに。
 てっきり病室での点滴かと思いきや、防水シーツやナプキンなどが入った御産セット持参で分娩室に移動。
 午前11時、点滴開始。
 嫁さんもつい職業柄、一時間あたりの点滴の量を確認する。
「MAX120ml/hくらいですかねぇ・・・」
 助産師さんの言葉を耳にしながら、点滴の機械に目をやると10mlの表示。
「夕方くらいまで点滴の量を徐除に増やしていってみて、陣痛が弱いままならまた明日チャレンジしましょうね」
 焦ってもしょうがないのだ。手は尽くしている。あとは薬に促されて強い陣痛が来るのを待つばかり。
 分娩室のソファーに腰掛け、妊娠が判明する前後の記憶を手繰り寄せる。
 嫁さんの性格上、あんまり大げさに心配したり、せっせとサポートするのはかえって反感を抱かれるだけ。幸い、ソフロロジー分娩教室でも「皆さんは陣痛を『もうすぐ赤ちゃんが生まれてくる喜び』として受け止めましょう。旦那さんに背中をさすってもらったりするのはなるべく控えて、産むことに向けて集中しましょう」と指導された。俺は傍に居るだけでいい。お義姉ちゃんは「立会出産を望んでいる旦那さんも、たいていは逃げ出したくなるみたいよ」って言っていたけど、そんな感情はちっとも湧いてこない。嫁さんがHELPを求めた時だけ動けばいい。それまではひたすら筆を走らせ、見守っていればいい。―――ソフロロジーのトレーニングで何度も聞いたB.G.M.の流れる分娩室で、自分の成すべきことを、そう、確認した。
 部屋の壁にあったホワイトボードには子宮底長が33mmと記入されていた。子宮口の開きが10cmで全開のはずだから、まだまだ先は長いということか。破水による赤ちゃんの感染症予防の対策は問題無い。無用な心配は止めて、今はただその時が来るのを待つだけ。

 メモ帳に「あの日」(『ふとどき日記』2009年1月9日付記事)の原文を書き終えた時、既に時計は14時30分を回り、何度目かの内診を終えていた。
 これまで特に大きな変化は見られず。
 内診の度に分娩室を追われ、通常の控室で待機するというのは辛い仕打ちだったが、あくまでも嫁さんが主役の出産なんだから、それもまたやむなし。
 いつの間にか休みのはずの院長先生が現れて診察に当たるようになっていた。
 微弱陣痛は訪れるものの、本番の激痛はまだ。
 しかし、14時半の院長内診後、段々痛みが増してきたとのことで、それはそれで素直に喜べるわけではないものの、痛まないよりは痛んだ方が良いという複雑な事情。
 それでもまだ陣痛の波が弱いとのこと。どんだけ我慢せないかんのや!

 14時50分。
 再び内診を終えた院長が控室にやって来る。
「子宮口の開きがあまり変わりません。まだまだ陣痛も弱いので、このままだと帝王切開になるかもしれません」
 へっ!? て、帝王切開? まだゆとりがあったんじゃないの? 陣痛が強くならなきゃ、明日再度チャレンジするんじゃなかったの?
 今まで強く、強く抑え込んでいたマイナス思考が爆発する。
 確かに、不測の可能性については覚悟した。昨日、この病院を目指す車の中でケンカした時、「ヘタしたら一緒に帰れない事態も有り得るって覚悟してんのに、こんな時にケンカすんのやめようや」って、口に出しもした。
 だけど、そんなこと、望むはずもない。
 なのに、なんで突然、帝王切開だなんて・・・。安全性の確立されている手術なのは重々承知。だけど、不運な事故というのも、完全に“ゼロ”ではないはず。どうしていきなり・・・・・・。

 微弱とはいえ、仮にも“陣痛”と名のつくものと対峙している嫁さんの横で、それまで不謹慎にも眠気さえ覚えていたのだが・・・・・・リラックス効果の高いソフロロジーの音楽をほぼ眠らないままの一夜を過ごした身体で聞いたのだから仕方ないと言えば仕方ないのだけど・・・・・・と、眠気の分析をしていた冷静な自分があっという間に消し飛んだ。
(どうすればいいというんだ。どうか無事に出産出来ますように。帝王切開ではなく、なんとか自然分娩出来ますように・・・)

 15時15分。 
 内診。
「4cmくらい開いたかな?」
 陣痛の波の感覚はボチボチだけど、まだまだ強さが足りないとのこと。
「こんなもんじゃないからね」
“ベビーアクト MT-325”と書かれた機械が赤ちゃんの心拍数と陣痛の波を記録している。
「この針が振り切るくらいの痛みになってくるから」
 一生かけても男が味わうことの出来ない、想像を絶するというその痛み。
 今でも充分痛いでしょうに・・・。

 15時45分。
 内診。
 進展なし。

 16時25分。
 院長内診。
「5cmくらいになりました。随分子宮が薄く、やわらかくなってきました」
 
 17時05分。
 飲み物を持つ嫁さんの手が陣痛の余韻で震え始める。
「今のうちに行っときますか?」
 助産師さんに促され点滴スタンドを転しながらトイレへ。

 17時10~27分。
 院長内診。
「子宮口が6~7cm開いてます。70%くらいのところまで進みましたね」
 枕元に顔を近付けると、「もう死ぬ」と小声で嫁さんが漏らす。
 わかった。でも死ぬな。絶対に死ぬな。もう少しだ。あとちょっとだけ頑張って。

 17時55分。
 内線電話の院長の指示で陣痛促進剤の流量を150ml/hにあげる。直後に1本目の500mlの点滴が空になる。2本目のセットに手間取る看護師さん。MAXは120だったんじゃないのか? 今更、確認したところでどうにもならない。
 それまで必死に堪えていた嫁さんの口から、ついに声が漏れ始める。
「ウーンッ!!」

 
 18時00分。
 院長内診。
 何度控室に追いやられたのか覚えていないが、もう産まれるんじゃないか? この期に及んでこんなとこで待機している場合か! 俺は“立会出産”を望んだんだ!! そばに居たいんだ!!!!!
 バタバタと廊下を走る足音。
「全開です! もうちょっとで産まれます!!」
 急いで分娩室に戻る。
「頭が出ますよ!」
「産まれました!!」
 一気。
 この日のために用意した電波時計のデジタルが18:09に突入し頭が出て、18時09分20秒にはへその緒の繋がった赤ちゃんが現れていた。
「はい、吸引!」
 心配する間もなく、無事に産声が響き渡る。
 時計の針はいまだ18時9分台。
 あっという間の出来事。

「まだ見るだけですよ。これから処置に入りますからね」
 シーツ越しに嫁さんの胸に乗せられた赤ちゃん。
 事前に知らされた通りの男の子。
「しばらく旦那さんは控室にお願いします」

 ひとり、場所を移し、控室にあったモニターの電源をいじってみる。
 それまでも来る度にいじり続け、何の映像も映さなかったその画面に濃い緑色のシーツが現れる。
 まもなく一糸纏わぬ赤ちゃんがそこに運ばれて、生まれ出でた喜びを全身で表現するかのように、身体のわりに長い両の手をめいっぱい広げ、抱きつくようなそぶりをしたかと思えば足をばたつかせ、元気に、ただただ元気良く! ・・・その動く姿に食い入ってしまう。
 人生でもっとも感動したといっても間違いのない新しい生命のシーン。

 それにしても長い。
 いつまで経っても嫁さんの産後処置は終わらない。
 何をやっているんだ? 大丈夫なのか? この期に及んでトラブルなんて願い下げだ!
 赤ちゃんもずっと一人ぼっちじゃないか! かわいそうだろ!!
 長い長い時間が流れる。
 それでもモニター越しには、休むことも眠ることもなく、ひとりでただひたすら元気に動き続ける我が子の姿。
 偉いな。
 頑張れよ! あーちゃん。
 おめでとう! あーちゃん!!  
 そして、あーちゃん、ありがとう。

 19時06分。
 やっと処置が終わる。
 ほぼ1時間ぶりに招かれた分娩室。
 ぐったりと、でも達成感と喜びに満ちた嫁さんの胸元に、赤ちゃんがやっと戻ってきた。
 良かった。
 二人とも無事で。
 本当に良かった。

 19時07分。
 初めて我が子に触れる。

 19時23~24分。
 初めて我が子を抱く。
 1時間もひとりで我慢したお前は良い子だ。強い子だ。
 お母さんに感謝するんだぞ。一生、お母さんを大事にするんだぞ。
 そしてとにかく、元気に、元気いっぱいに生き抜いてくれ!!

 いつの間にか4人も5人も集まって来ていた助産師さんに看護師さんたち。
 きっとシフト交替の狭間かなんかだったのかもしれないが、その内の一人が赤ちゃんを預かり、すぐに体重と身長を計測して戻ってきた。
 19時29分。
 まだ“嫁さんの名前+ベイビー”という名前表記の名札には2,898g、50.0cmと書かれていた。
 出生時刻の欄には18時10分。
 頭が出るとか、身体が出るとか産声を上げるとか、どの時点をもって“誕生”なのかは知らないけれど、俺の時計ではすべて、確かに18:09だった。でも、まっ、いいか♪

 院長先生はもとより、助産師さん、看護師さん、職員さん・・・会う方、会う方に「どうもありがとうございました」と深々とお辞儀する。
 そこには強制も計算もなく、かつて人生でこんなにも素直な気持ちでお礼を言ったことがあっただろうかというくらい、純粋な感謝の念だけが存在していた。

 20時25分。
 嫁さんはいまだ分娩室のベッドの上で休息を取っている。
 あの気丈な彼女が「もっと居て欲しい」なんて漏らしてくれたのに、病院の規則では俺は帰らなければならないという。
 心配でしょうがないけど、どうしようもないとのこと。
 想いを断ち切って帰途に就く。  



 後日わかったことだが嫁さんは出血多量状態に陥っていたために産後の処置に手間取ったとのこと。
 そして最後の最後まで、院長先生は帝王切開をするかどうかの判断に悩むケースだったとのこと。
 御産に要した時間は5時間15分となっていたらしい。
 数字だけ見れば安産と言えば安産で、それでも難産と言えば難産で。
 当初はかなり心配したものだが、1月23日現在、鉄剤を処方されつつも随分と貧血症状は改善されたようだ。
 1月8日に嫁さんは退院し、初めて息子を我が家に迎えることが出来た。
 産後1ヶ月は上げ膳据え膳で体力の回復に努めるように厳命された。
“上げ膳据え膳”っててっきり料理の上げ下げ、片付けのことかと思っていたのだが、“何から何まで他人の世話になること”らしく、里帰り出産を選択しなかった考えの甘い俺は、それでも何とか先生の言い付けの通り、ほとんどの家事をこなしている。
「赤ちゃんの沐浴はなるべく決まった時間に」という指導を受けた手前、不規則な仕事時間を避けられないので沐浴だけは嫁さんにお願いしているが、少なくとも「あんたは何も育児に協力してくれなかった」なんて揶揄されることだけはないように、必死で毎日頑張っております。



 早くこの素敵な出来事を書きたかったのだけれど、いかんせん、時間が無くって・・・。
 言いたくて、言いたくて、ウズウズしとりましたが・・・・・・・・・不肖・ふとどきこと、いわもとあきら、嫁さんも赤ちゃんも元気に過ごしております!!
 


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[ 2009/01/23 03:46 ] あかちゃん♪ | TB(0) | CM(2)

♪akaihimoさんへ

どもども(*^^*)

ありがとうございます☆
[ 2009/01/25 00:13 ] [ 編集 ]

心から…

おめでとうございます。
[ 2009/01/23 21:05 ] [ 編集 ]

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