スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

あの日。 

 割と身近に子宝に恵まれない御夫婦が数組居る中で育った。
 結婚して3年目に突入した昨年、もしかしたらうちもと覚悟を決める俺とあと1年と少しで35歳を迎えようとしていた嫁さんは、お互いの苦悩をきちんと理解しようともしないままにそれぞれ、とにかく焦っていた。

 世の中で男と女の平等性が求められる昨今、非常にデリケートな言い回ししか受け入れられないことは重々承知しているものの・・・・・・やはり、嫁さんの想いは「女として生まれたからには赤ちゃんを産みたい」、「初産は35歳までに経験したい」と切なものだったし、「ひょっとしたらタネが無いのかも・・・」と心細くなる俺の気持ちがともに行き着く先は「そろそろ不妊治療を考えなきゃいけないのかも」という認識で、そんな重苦しい雰囲気が立ち込める2008年の幕開けだった。

 恥ずかしながら少しでも元気で優秀な遺伝子を送り出したいと、気分が晴れようが沈むことがあろうが好きなアルコールを断ち、熱が出ようが痛みがあろうが薬も我慢して、身体から毒素を抜くという作業を何度繰り返したことか。
 精子の活性うんぬんよりも依然に、自分にそもそもその能力が無かったら・・・何度そんな想いに駆られたことか分からない。

 誰にも伝えることの出来なかった苦しみ。

 もっとも男性の場合は飲酒や薬が精子にあまり悪影響を与えないことを知った日には、随分とずっこけたものだけど・・・。


 4月、台湾旅行に行った時のこと。
 絢爛豪華な装飾、そして現地の方で賑わうある場所がツアーコースに組まれていた。
 確か、三国志の関羽が奉られているという・・・行天宮だったかな? うん。多分そう。
 そこでガイドさんに勧められるまま、無料のおみくじを試してみた。
 棒に書かれた番号と同じ数字が書かれたドギツイピンク色の紙を探し出して見てみるもそこには漢字ばかりがぎっしりと並び、内容なんざさっぱりわからない。
「私はヨウと申します。爪楊枝の“楊”と書いてヨウです」とバスの中で自己紹介してくれた眼鏡の似合う女性ガイドさんに嫁さんが恐るおそる意味を尋ねてみる。
「すみません。私のおみくじにはなんて書いてあるんですか?」
「・・・・・・」
「どうかしました?」
「うーん。あまり良くは無いです。これを引くのはとても珍しい。何をやっても今年はダメかもしれない。あまりいろいろなことをしないほうがいいかも。でも元気出して。おみくじですから。ちゃんとお参りすれば大丈夫と思います」
 普段、カタカナで書きたくなるような彼女の語尾の発音が、いつしか発言全体まで覆ってしまったかのような、とてもたどたどしい説明を聞く羽目になった。
「あっ、そうなんですかぁ・・・・・・・・・。赤ちゃんのこととか書いてありますか?」
「ええ、赤ちゃんは女の子を授かるみたいですよ。良かったですね」
 せめてもの彼女の励ましに、タダで縁起を担ごうなんて調子の良いことを考えてた自分たちの心根を反省しつつ、勇気を出して俺の分の内容を聞いてみる。

 見事なまでににこやかに晴れる楊さんの顔。
「これはとても良いです。これを引けるなんてとても珍しい。幸せになります。困難があっても幸せが馬に乗って向こうからやって来てくれるような、そんな素晴らしい運気に恵まれています。どんどんチャレンジして良いと思います。良かったですねぇ。うらやましいです」
 もとの流暢(一歩手前ぐらい)な日本語に戻る楊さん。
「男の子が産まれるみたいですよ。良かったですね」

 嫁さんと二人、顔を見合わせる。
「どっちやねん」
 プラスとマイナスが打ち消しあって、やっぱりゼロということか。赤ちゃんも過度に期待するべきじゃないんだろうな・・・。

 旅に同行していた嫁さんのお祖父ちゃんと叔父さんの号令のままに、さんざ飲み食いして帰国した。大食漢と酒好きの魂を爆発させた俺が、増え過ぎた体重にどうしたものかと頭を抱えていたある日のこと。
 それは2005年の入籍から半年ほど経って俺たちが結婚式を挙げた日と同じ、5月5日のことだった。

「ひょっとしたらそうかもしれない・・・」
 朝方、はにかみながらそんな台詞を嫁さんが呟いた。
「えっ?! そうなの?」
「うーん。なんとなくね」
 過去にも数度同じような言葉を聞いていたので、特別色めき立たないように気持ちを抑え、それでもやはり溢れてくる想いにコトの真偽を問いただす。
 憶測で議論してても解決するわけもなく、直ぐにドラッグストアに向かい、妊娠判定薬が陳列された棚の前へ。今更場所を探す必要がないほど、何度も恥ずかしさを堪えて立った場所。
「こっちにしようか?」
「そっちでいいやん!」
 ひょっとしたらという期待は見事に外れ続けておりましたので・・・・・・お得な複数本入りを買ったらどうかと促す俺に“これで決まり!”とばかりに割高でも金額は安い1本入りを買おうとする彼女。
 結局、二人同時に1本入りに手を伸ばすんだから、俺たちのケンカなんて最初からする必要なんてないんだ。同じ意見ならなぜ平和的に話せないかという御忠告やそれに類する質問を、今更我ら二人にしないで下さいませ。双方の親も諦める、こんな夫婦なのですから・・・。
 とにかくお互いに自分の気持ちを殺してまで一緒に居たくないだけなのだ。
 それでも別れたくはないから、“犬も喰わない”なんとやらは日常茶飯事となり・・・。ただそれだけのことなのだ。


 帰宅し、購入したスティックを彼女がトイレに持ち込んでしばし。
 再び現れた嫁さんの顔には、なんとも言えない微笑みが宿っていた。
 事態を察し、本気で喜ばぬよう、ぬか喜びにならぬようにと自らにかけていたブレーキを一気に緩める。
「やった! おめでとう!!」
 なんて親孝行な子供なのだ。
 よりによって5月5日にその存在を知らしめてくれるとは。
 嫁さんはすかさず記録し続けていた基礎体温のノートを広げ、出産予定日を計算する。
 十月十日。最後の生理が始まった日から40週。
 現役ナースの彼女が導き出したその日は・・・1月1日。

 もちろん前後することはあるだろうし、正式に産婦人科医の診断を受けたわけでもないのだから、そもそもの妊娠が確定したわけではない。
 だけど、元旦。お正月。
 おめでたい! 二重にも三重にもおめでたい!!
 親不孝の見本のような俺の“逆”をこれでもか、これでもかと突いてくる素敵なお子だこと。

 99%の吉報を完全無欠に変えるべく、産婦人科に駆け込もうにもいかんせんこどもの日。
 直近の、嫁さんの休みは8日。ちょうど予定が空いてた俺と、共に、勇んで、最寄に在る産婦人科で最も良さそうな所を受診する。もっとも、どの病院も評判は上々で、結果としては嫁さんの勤める病院の院長先生の友達が開いている産婦人科にお任せすることにしたのだが。

 10.5mmの赤ちゃんの袋というエコー画像をもって、見事、正式に妊娠が判明する。
 出産予定日は2009年1月9日。
 生理周期よりは若干遅く、お正月明けになってしまったけれども、それでもその後の母の日には両方の母親に最高のプレゼントとなる報告をすることが出来た。
 つくづく、親孝行なBABYである。

 時は移り、2009年・お正月。
 案外、俺にとって特別な意味を持つクリスマス・イヴに産まれるんじゃないか、いややっぱり元旦だろうと願いつつも「最初のお産は遅くなるから焦らないで」と、散々周りからアドバイスを受けていた。
 とっくに新年の2日目になってしまい、ゆっくりと目覚めた午前10時頃のこと。
「ひょっとしたら破水しているのかもしれない」
 その不安から25時間後、はやる気持ちを必死で抑えながら、分娩台に身を沈め、陣痛の波をひたすら待つ嫁さんの傍らであの日の感動を思い出している。
 お気に入りのメモ帳に細身のボールペンを握り締め・・・。
 いつもの如く、タイムリーさに欠ける『ふとどき日記』にきちんと生の興奮を書き記していないことだけが心残りで仕方なかった。
 詳細な感情の動きは正直忘れた部分もある。
 だけど、これでようやく出産に集中して挑めるというもの。
 ただひたすらに、母と子の無事を祈りつつ、すぐそこに迫った我が子の誕生の瞬間を待ちたいと思う。

       平成二十一年一月三日(土曜日・友引) 午後二時三十四分。
            ふとどきこと、いわもとあきら 記す。



にほんブログ村 鳥ブログ セキセイインコへ FC2 Blog Ranking 人気ブログランキング  ビジネスブログ100選
スポンサーサイト
[ 2009/01/09 00:47 ] あかちゃん♪ | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://futodoki55.blog52.fc2.com/tb.php/1117-9c60b535















上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。